いろどり


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2021.07.21

黒い黄金

FOOD DISCOVERY

エミリア・ロマーニャ州

芳香な街、モデナへ

単価の高い食品と聞いて、
まず頭に浮かぶのが“トリュフ”である。
なぜトリュフが高いのかは僕にでも想像がつく。
では、2番目は何だろう?
調べて行くと、次に高いのは…
どうやらイタリア・モデナ産の“バルサミコ酢”…らしい。
予想だにしてなかったバルサミコ酢…。とても興味が湧いた。

導かれるように、僕は歩いた。

北イタリアのエミリア・ロマーニャ州、モデナの町を歩くと、人口は約18万人と小さな町ではあるが、まるでイタリアの地方都市のエッセンスを、全て持ち合わせているかのような、魅力にあふれた町並みに出会う。

世界遺産にも登録されているロマネスク様式のドゥオーモ(大聖堂)、その横には『市民の塔』とも言われるギルランディーナの塔、そして町の中心であるグランデ広場。どれも本当に素晴らしく、日本での日常を忘れさせてくれる不思議な空間は、まるで夢の中にいるようだ。

迷路のような坂道の先へ

後ろ髪を引かれつつもそんな楽園を後にし、僕は導かれるように、山脈の麓に点在する丘陵地を縫うように歩く。目の前に現れる坂道を、何度も何度も上り下りしながら先へと進んでいった。そして、ついにその場所へ辿り着いた。

そこには辺り一面にぶどう畑が広がっていて、秋の太陽を独り占めするかのように、ぶどうの一粒一粒が輝いて見える。

そんなぶどう畑の最上段の斜面地に、一軒の古びた建物があった。甘酸っぱい匂いに誘われるように、僕はその中へと入っていった。

複雑な芳香をもつ
薫り高い匂いに誘われて…

中に入るや否や目に付くのが、大小合わせたいくつもの木樽たちだ。大きさの順番で横一列にずらりと並べられている。ワインのそれとは違った蛇口のない、上部に円形にくり抜かれた穴に布が被されているだけの、少し見慣れない木樽たちだ。どうやら古い醸造所に迷い込んでしまったらしい。

別の部屋を覗いてみると、収穫したぶどうの圧搾機やぶどうを混ぜ合わせる機械、その搾り汁を煮詰めるための大鍋などが所狭しと置かれている。初めて目にするそれらの大きさに圧倒されていると、一人の男が奥の部屋から現れた。その少し太っちょの洒落たモデナの男は言った。「ここはバルサミコ酢の醸造所さ。それもそんじょそこらのバルサミコ酢とは訳が違う、“伝統的なバルサミコ酢”だ。」
続けて言う。
「バルサミコ酢は1年ごとに少しずつ小さな樽に果汁を移し替えながら熟成させる。だからここに並べている樽の数は、熟成している年の数でもある。“伝統的なバルサミコ酢”には、最低でも12年間、高級なものでは少なくとも25年間の熟成が必要なんだ。」

外見からは想像もつかない優しい口調のその男は、熱く語った。

ここまで来たのだから、
それは舐めてもみたいさ…

これが僕が求めていた“伝統的なバルサミコ酢”なのか…。無理は承知で頼んでみた。
「一口いただくことはできませんか?」
すると、笑顔だったその男の顔は強張り、真剣な眼差しで答えた。
「一口だけだぞ。とても貴重だからな。」
幸運にも一口いただけることに。

スプーンに乗せられたその黒く輝く黄金を口にする…

これは夢なのか? それとも…

言葉が出てこない。何も浮かばない…。

それもそうだ。僕はイタリアになんて… モデナになんか行っていないのだ。

今までの話は僕の空想。恰もモデナを旅したかのような… 恰も“伝統のバルサミコ酢”に出会ったかのような… お話。

世界がコロナウイルスに包まれる中、旅をすることはとても難しい…。だから想像した。

でもこの先きっと、明るい未来が待っているはず…。

その時には必ず、北イタリアのあの場所に戻ろうと思ってるんだ。

[文:田島 教雄]

バルサミコ酢とは

大きく分けて2つに分類される。一つは、普段スーパーなどで目にするような一般的なバルサミコ酢。木樽で3、4年ほど酢酸発酵させた後に、ワインビネガー、着色料、香料、カラメルなどを添加して造られるもの。二つ目は、モデナ産の“伝統的な”バルサミコ酢。何も添加せず10年以上もの年月をかけ、木樽で熟成されることで生み出されるもの。熟成期間が最低12年以上のアッフィナート、最低25年以上の最高級のエクストラヴェッキオがある。

バルサミコ酢は、ブドウを原料とした果実酢の一種で、その特色はブドウ果実から直接できた酢で無添加であること。アルプス以南は元々がブドウの産地で、土壌や地形、気候の条件が最適であったこと、そしてバルサミコ酢を熟成させる際に必要な温度が最適であったことで、ブドウを原料とした酢が発展してきたとされる。モデナは寒暖差が激しく、夏は平均31度、冬は0度にもなる。夏は熱による発酵と蒸発、冬は冷気による休息と熟成をおこない、樽の内部で起きる微生物の変化を利用している。

モデナ地方の典型的なブドウ品種であるトレッビアーノ種、ランブルスコ種、スベルゴラ種と、ベルツェミーノ種のブドウの搾り汁(他の物質は添加せず)を使用し、蓋のない大鍋で、その搾り汁を直火で煮詰めて得たモスト・コットを自然発酵および酢酸発酵させ、大きな樽から段階的に小さな樽へと移し替えながら熟成させていく。樽の樹種(樫、栗、桑、ネズなど)を次々と変え、発酵に長い歳月をかけることで、それぞれの樹種の混ざり合った複雑な芳香をもつ薫り高いバルサミコ酢が出来上がる。その熟成期間、最低25年以上の熟成期間が必要になるという。

『バルサミコ酢といえばモデナ!』
モデナ(伊:Modena)は、
イタリアのエミリア=ロマーニャ州にある都市。
その周辺地域を含む人口約18万人の基礎自治体(コムーネ)。
モデナ県の県都である。
古代に起源を持つ都市で、中世にはモデナ公国の中心都市であった。
特産の高級バルサミコ酢は世界的にも有名。
スポーツカーで有名なイタリアの跳ね馬“フェラーリ”の本拠地
マラネッロは郊外にある(モデナ県下)。

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